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      <title>流行のファッションから流行語大賞まで</title>
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      <description>流行,ファッション,流行語,流行語大賞,流行,髪型
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         <title>1950年代の流行</title>
         <description>現代のオシャレや流行は、時代を繰り返し、昔流行ったものがまた違う形で顔を出していだよ。
日本の50年代は、どんだ物が流行ったのだべか。
はじめに50年代のファッションについてお話したいと思うんだばって。

50年代、アメリカンスタイルがブームとなったんずや。
消費文化が一挙に花開いた1950年代、戦争の傷痕が癒え始めた頃だ。
1947年、クリスチャン・ディオールがパリでニュー・ルックを発表したんずや。
ニュー・ルックとは、布をふんだんに使ったスカート。女性らしいスタイル、丸みを帯びた肩と胸、細く絞ったウエストが特徴だ。
このニュー・ルックが、ファッションの流れを50年代に広めたんずや。そんで華やかな服が次々とその後も創り出されて行くきっかけとなったんずや。50年代初頭は、日本でも布地を多用した、裾の広がったスカート姿の女性が町を彩ったんずや。
当時、アメリカ経由のスタイルだんずやため、日本ではアメリカン･スタイルと言われていだんだばって、その原型は、ニュー･ルックと言い、世界的に流行したんずや。

また50年代は映画が娯楽の中心で、ヒット映画に登場したファッションが流行する時代だったんずや。
映画がファッションリーダーの存在の中で、1953年の邦画、おめの名は、からは真知子巻きが生まれたんずや。
1954年のローマの休日からは、ヘップバーンカットと呼ばれたヘアスタイルが流行となったんずや。

一方、50年代のメンズファッションは太陽族になるんずや。
1956年、芥川賞を受賞した石原慎太郎、太陽の季節。これは、戦後の不道徳と言われていた若者の姿が描かれていだよ。
同名の映画といっぺんに、そこに登場する人物たちのファッションスタイルを真似た若者がうだでなり、彼らのことを太陽族と呼ぶようになるんずや。太陽族の特徴は、石原慎太郎の名前を冠した、慎太郎刈り。このヘアスタイルは、スポーツ刈りの前髪を、額に垂らしておくスタイルだ。ファッションは、細身のマンボズボンにアロハシャツ、そんでツートンカラーの靴にサングラスなどになるんずや。
その後、ロカビリーファッションでも共通して流行ったアイテム、マンボズボンは、社会現象になったんずや。

アメリカンスタイル、そんで太陽族は、今までの古くさい価値観を捨て、自由を象徴する若者の間で流行ったファッションだ。
つまり50年代は、新しい時代への期待と豊かさへの憧れが、ファッションに深く反映された時代だんずやと言えるだべ。</description>
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         <pubDate>Fri, 07 Dec 2007 15:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1960年代の流行</title>
         <description>1960年代の流行はどったらものが流行っていたのだべか。
60年代のファッションなどについてお話したいと思うんだばって。

1958年から続く、岩戸景気で幕開けした60年代は、高度経済成長が進む中、ファッションの世界も華やかになっていきんずや。
60年代に流行ったファッションがVANを発端としたアイビー・ルック。ブームを巻き起こしたアイビー・ルックは、アイビーリーグに伝わるファッションで、アメリカ東海岸の名門8大学から来ていだよ。
ファッションの特徴は、ずん胴型シルエット、ナチュラルショルダ−、3ボタンつうストレ−トな細長いラインだ。

そんで1964年、東京オリンピックが開催されんずや。
この年、突発的な流行が起こったみゆき族。64年、5月頃から大勢の若者が、銀座のみゆき通りや並木通りにたむろするようになったんずや。みゆき族は、みゆき通りから名づけられた社会現象になったんずや。
みゆき族の特徴は、アイビー・ルックをわんつか崩したスタイルで、二つに折ったハンカチーフを頭にかぶり、ロングスカートのバックに共布のリボンベルトを結んだスタイルだ。
そんで男女ともに、バックは大きな紙袋か麻袋を抱えていだんだ。紙袋ではVANが大人気。
したばって、東京オリンピックに向けて、築地警察がみゆき族を一斉に補導し、みゆき族は一夏を境に姿を消するはんで。

60年代半ば、グループサウンズに音楽の世界では注まなごが集まるんずや。
ブームは、ビートルズが来日した1966年。彼らが着ていたモッズファッションが、大きな影響を与えたんずや。
モダーンズを略してモッズと呼ばれたファッションはロンドンの下町から発信されたんずや。
その特徴は、長髪に船員帽、花柄や水玉柄などの派手なシャツ、幅広ネクタイ、股上の浅いスリムパンツ、そんでブーツなどだ。
したばって、ファッションの奇抜性で、大流行までにはいきねだったんずや。

1967年、新宿東口駅前広場の若者の集団。仕事もしていね彼らのファッションは、汚れたTシャツにジーンズ、素足にサンダル、ユニセックス、ショルダーバッグ、長髪、無精ひげなど。フーテンやヒッピーと呼ばれた彼らの中には芸術家もいだんだ。
一方アメリカでは、音楽やファッションで新たな表現を生み出す、サイケデリックムーブメントが起こるんずや。
これは、ドラッグで得られる幻覚や意識拡大を通じて、表現されたものだ。
日本でも、サイケ調のデザインが流行するようになるんずや。

その中心となったのが東京新宿。
サイケ調インテリアでロックが爆音で流れる中、サイケ調ファッションの洋服やポスターが売られ、サイケスナックがまなご立つようになるんずや。こうしたサイケファッションの若者達をサイケ族と呼びたんずや。

現代流行しちゅう、股上の浅いスリムパンツなどは1960年代の流行が、繰り返されてらと言えんずやね。</description>
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         <pubDate>Thu, 06 Dec 2007 14:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1970年代の流行</title>
         <description>1970年代の流行は、どったらファッションが流行っていたのだべか。

70年代ファッションの流行と言えばジーンズだ。
ジーンズは、ヒッピーが世間に広めたファッションアイテムだ。

60年代後半から活発化した学生運動、ジーンズは自由や反抗、反体制の象徴でもねじゃ。
このジーンズが、よくも悪くも若者ならではのファッションとして流行していきんずや。

ジーンズが流行り始めた当初は、シンプルなストレートジーンズが主流だったんずや。
その後にベルボトムジーンズが登場し、ジーンズが最先端ファッションとして認識されていきんずや。
定番のファッションコーディネートは、上げ底の靴に、体にフィットしたTシャツをあわせ、腿はぴったり、裾は地面スレスレで、ラッパのように広がったデザインのジーンズがオシャレだったんずや。

70年代前半は、ジーンズがファッションとして受け入れられるようになり、作業着だんずやはずイメージはなくなったんずや。
70年代半ばには、スポーツファッションや、アウトドアファッションを日常着る服として、着用する若者達が増えていきんずや。
本来はアウトドアウェアのアイテムが、タウンカジュアル化したスタイルを、ヘビデューティーと呼び、ダウンベストやダウンジャケット、トレーナー、スニーカーなどが流行したんずや。
現在でも、カジュアルなのに実用的なファッションアイテムは、1970年代から広まったと言えんずや。

このファッションの流れは、1975年、ベトナム戦争が終結し、アメリカに若者文化が戻ってきたため、テニス、サーフィン、ジョギングやなどが遊びの文化として生まれ始めたんずや。

そんで70年代は、ファッション雑誌の創刊が続きたんずや。
70年、an an、71年non-no、77年more、クロワッサン、79年JJなど、現代のファッションの見本となる雑誌のほとんどが70年代にスタートしたことがわかるんずや。

1975年頃か80年代前半にかけ、神戸発のお嬢様風ファッションスタイルが流行ったんずや。
このスタイルニュートラと言いだよ。
ファッションの特徴は、定番のブレザーやワンピース、カーディガンなどのアイテムに、グッチやセリーヌ、フェンディ、エルメスなどの有名ブランドを合わせるスタイルだ。
この名前の名付け親はan an、したばって実際に流行の中心となったのはJJになるんずや。

79年には、竹の子族も流行したんずや。原宿歩行者天国に登場した懐かしい歴史だ。</description>
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         <pubDate>Wed, 05 Dec 2007 23:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1980年代の流行</title>
         <description>1980年代はどったらファッションが流行っていたのだべか？
時代と共に、流行は変わってきたんずやが、ここで80年代のファッションについてお話したいと思うんだばって。

DCブランドの時代が1980年代だ。
DCとはデザイナー＆キャラクター、ブランドの略を指していだよ。
代表的なブランドは、川久保玲のコム・デ・ギャルソン、山本耀司のワイズなどになるんずや。
DCブランドの背景は、バブル期が始まろうとしていた80年代、若年層でも自由に使えるじぇんこがあり、ファッションにがっぱどのじぇんこをかけられる時代だったんずや。DCブランドブームには、全身を一つのブランドでまとめるスタイルも増え、ブランドやデザイナーで、着る人の個性と自己主張となったんずや。

バブル景気は80年代後半になると、加速度を増していきんずや。
セクシーな大人の女性をまなご指す社会人の女性が、セクシーなファッションのボディコンスーツを着るようになったんずや。通勤時にも着られるようにと言うことだばって、現代には考えられねね。

DCブランドのルーズなデザインに満足できなかった女性は、ボディコン派になり、このファッションは急速に広まっていきんずや。
ボディコンのブームは1986年〜89年頃まで約3年間続きたんずや。
ボディコンとはボディ・コンシャスの略で、女性としての体型を意識する、ファッションスタイルだ。
日本でイメージされるボディコンスタイルは、ミラノコレクションで発表されたスタイルをさらに強調し、体の線がまなご立つようにされた服だ。
ヘアスタイルは、前髪をカールさせたワンレングスが定番だったんずや。
仕事を終えた女性たちは、ボディコンスタイルでディスコへ繰り出し注まなごされんずや。

1988年頃はバブル期の頂点だったんずや。
この頃から、カジュアルなファッションスタイルが広まるんずや。
ポロシャツ、白のTシャツ、ストライプシャツやインポートもの。そんで紺のブレザー、ストレートジーンズ、ヴィトンのバッグ、足元はモカシンつうファッションは渋カジと呼ばれんずや。
このファッションスタイルの発信源は、渋谷区、世田谷区、港区などで、わ立の男子高校生が流行らせたものだ。

時代は変わりまっけど、ファッションの流行は繰り返されてらことがわかるんずやね。</description>
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         <pubDate>Tue, 04 Dec 2007 22:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1984年の流行語</title>
         <description>第1回の流行語は、1984年、昭和59年にスタートしたんずや。

1984年の新語部門、金賞はオシンドロームだ。
この時代は、連続テレビ小説、おしんが超人気番組だったんずや。
おしんの物語は、凄まじい苦労の連続を必死に耐える日々の物語。良質の日本人像として、戦後を働き抜き、豊かさを手に入れた日本人の心情に共感の嵐を巻き起こしたんずや。
苦しくても明るさを失わず、他人に優しい主人公のおしんの物語、見た人はみな涙したものだ。
おしんドロームは、その状況を全国民の感情がシンドローム化しちゅうとして、このように表現されたんずや。

1984年、新語部門、銀賞は鈴虫発言。
受賞者は、中曽根康弘（内閣総理大臣）だ。
昭和58年、田中角栄元首相にロッキード事件の実刑判決が下されたんずや。
同年暮れの総選挙は、政治倫理問題が最大の争点となり、中曽根首相は、「倫理、リンリと、まるで鈴虫が鳴いてらようだと」切り返した言葉が流行語の銀賞に選ばれたんずや。


1984年、新語部門、銅賞はスキゾ・パラノ。

この言葉は一体何？と思いだんだばって、浅田彰さんが（京都大学助手）人間の特質を分類した言葉になるんずや。
それはスキゾ人間とパラノ人間。スキゾ人間とは、ひとつのことにこだわらず、いろいろなことに興味をたなぐ人。パラノ人間とは、ひとつのことに熱中して、ほかのことはまったぐ考えない人を言いだよ。


1984年、新語部門、特別賞は特殊浴場。
この言葉は、ソープランドには、トルコ風呂つう俗称があり、トルコからの留学生が、トルコの名前を消すことに努力し、特殊浴場などの名前が提案された言葉になるんずや。

1984年、流行語部門、金賞は、まるきん　まるび。
1984年、流行語部門、銀賞は、くれね族。
1984年、流行語部門、銅賞は、疑惑。
1984年、流行語部門、特別賞は、千円パック。

1984年、流行語部門、大衆賞はす・ご・い・で・す・ネッ。と教官！になるんずや。

なしてこの言葉が流行ったの？と思わせまっけど、時代を感じさせられんずやね。</description>
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         <pubDate>Mon, 03 Dec 2007 21:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1985年の流行語</title>
         <description>1985年はどったら言葉が流行したのかまとめてみたんずや。

1985年は流行語の第2回になるんずや。言葉は、その時代に何が起きていたのかを表していだよ。
今だとわんつかばし笑える言葉などもねじゃよ。

1985年、新語部門、金賞は分衆。
この言葉は、日本社会の自信を表した新語で、経済的絶頂期まなご前だったんずや。日本人の価値観が、個性化、多様化、分散化してきだことから、従来の均質的な大衆の言葉ではなく、分衆が生まれたんずや。

1985年、新語部門、銀賞はパフォーマンス。
現代では、演劇、舞踏、音楽などの表現活動全般を指すパフォーマンスの言葉はあだりめに使われてらばって、この年は、お堅い日本社会党が、愛と知の力のパフォーマンスつう言葉を使ったことから、国民の間にパフォーマンスと言う言葉が広がったんずや。

1985年、新語部門、銅賞はＮＴＴ。
1984年、12月20日に電電改革三法が成立したんずや。民営化された日本電信電話公社は、ＮＴＴ（日本電信電話株式会社）として再スタートを切るんずや。今あだりめのように使われてら名前だばって、ＮＴＴつう名は新社名発表から数カ月で認知されたんずや。
NTTの言葉が流行語になったとは驚きだ。

1985年、新語部門、表現賞はキャバクラ。
この言葉も現代ではあだりめだべ。このキャバクラとは、キャバレーとクラブの合成語になるんずや。
残り策として、風俗産業から考え出された新しい業種となったんずや。

1985年、新語部門、表現賞は言語戦略。そんでネバカ。
ネバカとは、オールナイターズやおニャン子クラブブームが真っ盛りの世相を批判した新語だ。おだてられ、舞い上がってら女子高生たちを指摘した言葉が、根っからのバカだったんずや。時代を感じんずやね。

1985年、流行語部門、金賞は「イッキ！イッキ！」
わたちがあだりめのように使ってら言葉だばって、この言葉も1985年の流行語から生まれたんだべ。
お酒を飲むときに周囲の人がはやしたてるかけ声としてよく使いだよ。以

1985年、流行語部門、銀賞はトラキチ。
この年、21年ぶりの優勝を遂げた阪神タイガースをサポートした応援団のことを言いだよ。
ハッピ、メガホン、帽子の三種で身を包み、阪神命と大フィーバーする社会現象になったんずや。

1985年、流行語部門、銅賞は角抜き。
1985年、流行語部門、大衆賞は「わはコレで会社をやめたんずや」
懐かしいCMをご存知だべか。禁煙パイポのＣＭから生まれた言葉だ。
小指を立てた男性は、わはこれで会社を辞めたんずや。とオチを言うシーンが忘れられねね。

1985年、流行語部門、大衆賞は「投げたらアカン」
1985年、流行語部門、特別賞は１００ドルショッピング。
1985年、流行語部門、特別語録賞は「愛しちゅうからチラいのよ」
1985年、流行語部門、特別功労賞はテレビ番組「ひょうきん族」から発する各種流行語だったんずや。

ひょうきん族の時間が楽しみだんずやわらしの頃の記憶が、今でも頭に残っていだよ。
時代の流行と言葉には、それぞれの思いが込められてらように思うんだばって。</description>
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         <pubDate>Sun, 02 Dec 2007 20:44:44 +0900</pubDate>
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            <item>
         <title>1986年の流行語</title>
         <description>1986年の流行語と歴史についてお話したいと思うんだばって。

この年、流行語は第3回を迎えたんずや。昭和61年の年だ。

1986年、新語部門、金賞は究極。
この言葉は当時でも新語ではねじゃだったんずや。
したばって、究極が選ばれた理由は、あらゆる料理に究極を求めるグルメブームにねじゃ。
他に、究極の温泉などと言った言葉で使われ、この言葉が、マニアックな日本人を表現するピッタリの言葉として流行したんずや。

1986年、新語部門、銀賞は激辛。
この言葉は、グルメ時代の幕開けを特徴づけた新しい言葉となったんずや。
韓国、東南アジア、中南米などのエスニック料理、そんでカレー業界やラーメン業界をも巻き込んだ、激辛の時代が始まったんずや。

1986年、新語部門、銅賞はファミコン。
まだこの時代でも、一家に1台、ゲームがある時代ではなく、テレビゲームがある家に、けやぐが集まったものだ。
ファミリー・コンピュータは、革命的な新商品として、爆発したゲームだ。通称、ファミコンと呼ばれたんずや。今でもたまに昔のゲームをしたくなるんずや。

1986年、新語部門、表現賞は川の手、アークヒルズ、そんで家庭内離婚だ。
家庭内離婚は、現代、日常的にこったら言葉が使われてらばって、当時は、世の中にショックを与えた言葉になるんずや。
流行と時代を感じんずやね。

1986年、流行語部門、金賞は新人類。
1986年、流行語部門、銀賞は知的水準。
1986年、流行語部門、銅賞は「亭主元気で留守がいい」

「亭主元気で留守がいい」の言葉は、テレビＣＭから生まれたフレーズだ。
この年、１番人気のＣＭとなり、世間を賑わせたんずや。時代が変わっても、現代にもこの言葉が通用する気がするはんで。

1986年、流行語部門、大衆賞はおニャン子。
おニャン子クラブは、フジテレビで放映されたバラエティー番組だったんずや。
出演者のほとんどが素人の女子高生。おニャン子は番組開始以来、信じられねほど増大したんずや。今でも芸能界で活躍しちゅう人ががっぱどいだよね。

1986年、流行語部門、大衆賞は「プッツン」
この言葉は、コメディアン、片岡鶴太郎が飛ばしたギャグから生まれたんずや。あだりめのように使われてらばって、今この言葉を連発すると、死語なのかもしれね。

1986年流行語部門、特別賞は「やるしかない」
土井たか子さんが政界で発言した言葉だ。

1986年、流行語部門、特別賞は１５０円台。
1986年、流行語部門、語録賞は「バクハツだ！」「なんだかわがね」
1986年、流行語部門、不快語追放応援賞は、地揚げ、底地買いんずや。

今でも使われてら言葉と、よくわがね言葉が入り混じった1986年だべ。</description>
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         <pubDate>Sat, 01 Dec 2007 19:44:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>1987年の流行語</title>
         <description><![CDATA[1987年の流行語と歴史をまとめてみたんずや。

1987年、新語部門、金賞はマルサ。
映画「マルサの女」からこの言葉が流行したんずや。
1987年、新語部門、銀賞はＪＲ。
あだりめのように使われてら言葉、JRだばって、この年の４月１日に国鉄が１１５年の歴史に幕を降ろしたんずや。
７つのＪＲに分割され、民営鉄道会社として再スタートを切った歴史ある年になるんずや。
国鉄時代のＪＮＲからＮ（National）を外しただけの呼称だったが、わかりやすい単純な言葉がうけ、世の中に認知されたんずや。

1987年、新語部門、銅賞は第二電電。
1987年、新語部門、表現賞はサラダ記念日。

1987年、新語部門、表現賞は朝シャン。
この言葉は、資生堂のＣＭで、朝のシャンプーのフレーズが、高校生の間で簡略化された言葉だ。
今ではあだりめのように、朝シャンプーする人がうだでいるばって、この時代は珍しかったんだべ。

1987年、新語部門、表現賞はノリサメ。
ノッてらかと思うとサメてら、まったぐ新しいタイプの人物群。
みなさんは知っていだんだか？今この言葉を聞いてもまったぐわかりねだったんずや。
流行の言葉がノリサメとは、驚きだ。

1987年、流行語部門、金賞は、懲りね○○。銀賞は「なんぎやなぁ」銅賞はゴクミ。
銅賞のゴクミとは、後藤久美子さんのことだ。元祖の国民的美少女と言われたゴクミ人気が、この年に大フィーバーしたんずや。

1987年、流行語部門、大衆賞はマンガ日本経済入門。そんでワンフィンガー、ツーフィンガー。

1987年、流行語部門、大衆賞はサンキューセット。
このサンキューセットは。マクドナルドのハンバーガーセットを３９０円で売り出した、ネーミングだ。

1987年、特別賞部門、特別功労賞は、国際国家。特別賞は鉄人だ。

1987年も、まだお堅い時代だんずやように思えんずやね。今流行しちゅう言葉や、いろいろな物が、当時には存在していね。そう考えるとなんだか不思議だ。
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         <pubDate>Fri, 30 Nov 2007 18:44:44 +0900</pubDate>
      </item>
            <item>
         <title>1988年の流行と流行語</title>
         <description>1988年の流行と流行語についてまとめてみたんずや。

1988年、新語部門、金賞はペレストロイカ。銀賞はハナモク、銅賞はトマト銀行だ。
ハナモクとは、週休２日制が定着した時代に、木曜日が遊ぶには最適な日と言うことで、この言葉が流行したんずや。

1988年、新語部門、表現賞は遠赤、カイワレ族だ。
この年は、現代と同じく健康ブームだったんずや。遠赤とは遠赤外線のことを指していだよ。
カイワレ族とは、完全な管理のもとに育てられるカイワレ野菜と、管理社会の中でしか生きることが許されね中学生、高校生の姿を照らし合わせて流行した言葉になるんずや。

1988年流行語部門、金賞は、今宵はここまでに。銀賞はドライ戦争、銅賞はシーマだ。
ドライ戦争とはビールなどに使われてら、ドライからこの言葉が流行ったんずや。
シーマは、日産が新発売した高級車で、爆発的な人気を博したんずや。この年は、高級品志向の商品が数うだで発売され、日本人の意識の変化の言葉としてシーマ現象と言われたんずや。

1988年、流行語部門、大衆賞はアグネス論争、５時から男、しょうゆ顔、ソース顔だ。
今の時代に、５時から男の言葉を使うと、空気が冷めるかもしれねが、逆にうけるかもしれねね。
女性が好みのタイプを聞くとき、今でもしょうゆ顔、ソース顔は使われてら言葉だ。1988年にしょうゆ顔、ソース顔が生まれたんだべ。

1988年、特別賞部門、特別功労賞は、一村一品、ヒューマン・ブランドだ。
1988年、特別賞部門、人語一体傑作賞は「ユンケルンバ　ガンバルンバ」
1988年、特別賞部門、報道傑作賞は「ふつうは“汚職”と申するはんで」

この時代の流行は、他に、ティファニー現象、ニューリッチ流行、渋カジブーム、タレントキャラクターブランド、ワイドパンツ流行、女性のパンツスタイル流行、黒のレザーのハーフコートの人気、ヒマワリの花柄流行、さらさらヘアなどがあるんずや。
ファッションは、流行が繰り返されてらことがよくわかるんずやね。
そんでTVドラマではW浅野が大ブーム、 クロワッサン症候群、玉の輿症候群なども流行ったんずや。
音楽では、純愛をテーマにした、松任谷由美さんのDelight Slight Light KISS が、100万枚をセールス、他にオペラブームも到来するはんで。光ＧＥＮＪＩのパラダイス銀河、男闘呼組なども大人気だったんずや。他にカラオケの定番ソング、乾杯、ＭＵＧＯ・ん…色っぽいなども1988年に流行した音楽だ。

よく使われた言葉には、Ｘデー 、フリーター、プータロー、のりピー語、逆輸入、ゲロゲロ、セクハラ、くう・ねる・あそぶ、オバタリアン、ファイブミニなどが上げられんずや。のりピー語は言葉だけでなく、文字まで流行ったんずやね。

そんで昭和63年の歴史は、青函トンネル開業、東京ドームの完成、瀬戸大橋の開通、天皇陛下の容体が悪化、東北新幹線、上越新幹線が開業、コインシャワー イラン・イラク戦争８年ぶり休戦などが起こったんずや。ずいぶん昔のように思っていたことも、まだ最近の出来事なんだべ。

映画では、レインマン、ラストエンペラー、怒りのアフガン、あぶない刑事など。</description>
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         <pubDate>Thu, 29 Nov 2007 00:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1989年の流行と流行語</title>
         <description>1989年の流行はどったら物がはやったのだべか。
また流行語はどんだ言葉だんずやだべか。

1989年、新語部門、金賞はセクシャル・ハラスメント。銀賞はＨａｎａｋｏ、銅賞はデューダ（する）だったんずや。
銀賞は、Ｈａｎａｋｏ、女性雑誌のことだ。

1989年新語部門、表現賞は、まじめ×ゆかいんずや。濡れ落葉だ。
1989年は、まだ言葉がわんつかばし難しく、わかりづらい時代と言う印象があるんずや。

1989年、流行語部門、金賞はオバタリアン、銀賞はケジメ、銅賞は「24時間タタカエマスカ」だ。
金賞のオバタリアンとは、どのようにしてこの言葉が生まれたか、ご存知だったか？
ホラー映画のバタリアンと、オバサンを合成したマンガ、オバタリアンからこの言葉が生まれたんずや。
「24時間タタカエマスカ」は、栄養剤リゲインＣＭから生まれた言葉だ。この年の夏、甲子園の応援ブラスバンドにまで登場するほどの流行になったんずや。

1989年、流行語部門、大衆賞はイカ天、「こったらん出たんずやけど〜」だ。
イカ天とはてんぷらではなく、平成名物ＴＶ、イカすバンド天国の略語を言いだよ。
このテレビ番組は、勝ち抜き戦で素人バンドが争い、プロ活動を始めるバンドが出たほどの大ヒットの番組だ。

1989年、特別部門、特別賞は『壁』開放。
ベルリンの壁が打ち壊された、歴史的出来事が起こったんずや。
そんで特別部門、特別賞は平成。
この年の１月８日、昭和から平成に変わるんずや。
それにともない平成の文字は、あらゆるトコで使われたんずや。特別賞受賞者は、平成になって初めて誕生した赤ちゃんに贈られたんずや。

1989年特別部門、語録賞はＮＯと言える日本。
受賞者は石原慎太郎さんだ。

他によく使われた言葉は、オタク、リゲイン、はちみつレモン、カラオケボックス、吉本バナナ、けばい、バイリンギャル、アッシー、みつぐおめ、３Ｋ（汚い　きつい　危険）ホコ天、ツーショット、グッドだ、イケイケ、Ｍr.レディなどの言葉が流行していだんだ。
どれも懐かしく思えんずや。

音楽では、淋しい熱帯魚を歌ったＷＩＮＫ、ふりむけばヨコハマを歌ったマルシア、他にＤｉａｍｏｎｄｓ、世界でいちばん熱い夏などのプリプリ、とんぼ、太陽がいっぱい、嵐の素顔、黄砂に吹かれてなどが流行したんずや。

映画では、ドライビング・ミス・デイジーや、インディ・ジョーンズ最後の聖戦、カクテル、魔女の宅急便、座頭市、釣りバカ日誌などが流行したんずや。
 
ファッションは、イタリアンインポートがブームになり、イタリアンファッションが流行するはんで。
サラリーマンのビジネススーツは、ソフトスーツが浸透し、ラルフローレンが大人気になったんずや。 
ロングフレアスカート、輸入ジーンズ、綿のシャツ、ラムウールのセーター、エスニックブームでスパイシーカラーのバンダナハット、プリントシャツなども人気だったんずや。
またダナ・キャランの新ブランドDKNYが、キャリア女性を中心に人気が高まったんずや。

昭和64年、平成元年の経済と出来事は、平成スタート、消費税スタート、ベルリンの壁崩壊、美空ひばりさん死去、礼宮さま 川嶋紀子さんと婚約、海外旅行、留学ブームなどで、この年は、横浜アリーナ、横浜ベイブリッジ、幕張メッセ、葛西臨海水族園などが出来たんずや。
 
昭和64年は、平成のスタートの年となり、この年から、今身の回りであだりめになってらことが、浸透してきてらように思うんだばって。</description>
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         <pubDate>Wed, 28 Nov 2007 16:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1990年の流行と流行語</title>
         <description>1990年の流行と流行語についてまとめて見たんずや。
1990年の流行語は第7回まなごになるんずや。この年の新語部門、金賞はファジィだ。
ファジィとはあいまいつう意味だ。受賞者は三上遵太郎（松下電器産業(株)電化本部電化研究所所長）さんだったんずや。

1990年、新語部門、銀賞はブッシュホン、銅賞はオヤジギャルだったんずや。
1990年、新語部門、表現賞はアッシーくんだったんずや。電話するだけで飛んで来て、わの足代わりに送ってくれる人のこといいだよ。当時はうだで流行した言葉だ。
1990年、流行語部門、金賞はちびまる子ちゃん、銀賞はバブル経済、銅賞は一番搾り、パスポートサイズだ。
一番搾りは、現在、あだりめに店頭に並んでいるビールだばって、当時はアサヒスーパードライに対抗するため、キリンが発売した新ビールの名称だったんずや。
1990年、流行語部門、大衆賞は愛される理由。
1990年、特別部門、人語一体、語録賞は、昭和生まれの明治男だったんずや。
1990年、特別部門、年間多発語句賞は「気象観測史上（はじめての…）」と言う言葉で、受賞者は、テレビ各局のお天気キャスター贈られたんずや。この年は春、夏、秋、冬異常気象の連続だったんずや。今年2007年も異常気象だったが、この年もお天気の変化がまなごまぐるしかったんだべ。
1990年、特別部門、特別賞はスペシャルゲストの言葉だったんずや。

その他に、この年よく使われ流行になった言葉は、ティラミス、果汁グミ、人面魚、人面犬、イタメシ、ぶっとびー、いけずゥ、成田離婚、見逃してくれよ〜、トリカブト、オタッキー、あげまん、○○じぁあ〜りねか、三高（高身長、高学歴、高収入）などが上げられんずや。今でもティラミス、果汁グミ、イタメシあげまんなどの言葉は使われてらばって、ぶっとびー、いけずゥなどは死語になってしたんずやね。

1990年の社会、経済状況、ファッションの流行と変化について。
カジュアルスタイルの時代、女子高生スタイのル人気、ショートパンツ流行、ミニスカートの定着、ちびまる子ちゃん現象、カラオケボックス激増、バラドル（バラエティー系アイドル）などが話題を呼びたんずや。 
そんで、礼宮さま、紀子さま結婚の儀を執り行った年でもねじゃ。

映画では、バック・トゥ・ザ・フューチャー３、バック・トゥ・ザ・フューチャー２、ゴースト、バットマン、天と地と、タスマニア物語、稲村ジェーンなどがヒットしたんずや。
音楽では、おどるポンポコリン、今すぐＫｉｓｓ Ｍｅ、くちびるから媚薬、真実の果実など、どれをとっても現代では、名曲になっていだよ。</description>
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         <pubDate>Tue, 27 Nov 2007 15:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1991年の流行と流行語</title>
         <description>1991年の流行語についてまとめてみたんずや。また、この年はどったらことが流行していたのだべか。

1991年、年間大賞は「…じゃあ〜りねか」
受賞者はチャーリー浜さんだ。最近ではこのギャグは耳にしなくなったんずやが、当時はうだで流行った言葉だ。

1991年、新語部門、金賞は火砕流、銀賞は「ひとめぼれ」銅賞は八月革命だったんずや。このひとめぼれと言う言葉は、お米の新しい名前として注まなごされたんずや。
1991年、表現部門、金賞は川崎劇場、銀賞は地球にやさしい、銀賞は紺ブレだったんずや。
1991年、流行語部門、金賞は若貴で、受賞者はおかみさんこと花田憲子さんに贈られたんずや。現在はかなり若貴の状況も変わってしたんずやが、この時代は大フィーバーだったんずや。
そんで流行語部門、銀賞は重大な決意、銅賞は、損失補填だったんずや。


1991年、大衆部門、金賞は「わは死にましぇ〜ん」で、受賞者は武田鉄矢さんに送られたんずや。
トレンディドラマが人気であったんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずやんずや1991年。１０１回まなごのプロポーズもその一つのドラマだったんずや。
さえない中年男の武田さんが、美女のハートを射止めるつう物語。視聴率もよかったドラマだんずやと思うんだばって。わも実際見ていだんだばって、感動するドラマだったんずや。

そんで大衆部門、銀賞は「ダダーン　ボヨヨン　ボヨヨン」、銅賞はダンス甲子園だったんずや。
ダンス甲子園は天才たけしの元気が出るテレビ!!の番組内で、企画されたものだ。特に高校生を中心に流行し、ビデオも発売されていたように思うんだばって。

1991年、特別部門、特別賞はチャネリングだったんずや。他に、この年よく使われていた言葉は、NTTムーバ、バブル（破裂・崩壊）土石流、過労死、バツイチ、かい〜の、ダイジョウＶなどが上げられんずや。今の時代に、ダイジョウVの言葉は、しばれる空気になる予感がするはんで。

この年ファッションも大きく変化していきんずや。

ジュリアナ東京スタイルの流行、６０年代リバイバル（ベルボトムや厚底靴が人気）アディダススタイル（ヒップホップ等）ビンテージものジーンズ、超ミニスカート（へんじゃかぶ上10?pから20?p）ミセスにミニカスートが定着、浴衣ブーム、アクセサリーなどで光ものブーム、茶髪などが上げられんずや。

映画では、羊たちの沈黙、ターミネーター２、ホーム・アローン、プリティ・ウーマン、おもひでぽろぽろなどが話題となったんずや。
音楽では、愛は勝つ、ラブ・ストーリーは突然に、ＳＡＹ ＹＥＳ、どんだときも、はじまりはむったど雨、おめに会えてよかった、しゃぼん玉などが大ヒットしたんずや。 

1991年は宮沢りえのヌード写真集も発売され、歴史ある週刊明星の休刊の年でもねじゃ。</description>
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         <pubDate>Mon, 26 Nov 2007 14:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1992年の流行と流行語</title>
         <description>1992年の流行と、この年に流行った流行語についてお話したいと思うんだばって。

1992年の年間大賞は、きんさん・ぎんさんだ。
きんさんと、ぎんさんは、百歳になる双子の姉妹だチャーミングな笑顔とキャラクターに、日本中の人が好感を持ちたんずや。
きんさんと、ぎんさんは、この年の語録賞もいっぺんに受賞していだよ
受賞語は百歳の誕生日の感想の答えだったんずや。語録賞「うれしいような、かなしいような」と「はだかのおつきあい」だったんずや。

1992年、新語部門、金賞はほめ殺し、銀賞はカード破産、銅賞はたなぐ鍋だったんずや。
表現部門の金賞は、複合不況、銀賞は９Ｋ、銅賞は謝長悔長だったんずや。
９Ｋの意味は、看護婦の仕事。休暇がとれね、化粧がのらね、薬に頼って生きてら、規則がきびしい、婚期が遅い、給料が安いの６Ｋがきつい、きたない、きけんの３ｋに加わったことを言いだよ。

1992年、流行語部門、金賞は冬彦さんだったんずや。
受賞者は、佐野史郎さんと、野際陽子さんに贈られたんずや。
この言葉は、ずっとおめが好きだんずやのドラマから来ていだよ。
冬彦とは、佐野史郎さんが演ずる息子の役名だ。わんつかばし怖い、でも見たい、そったらドラマは話題となったんずや。

そんで流行語部門、銀賞は「ねェ、チューして」銅賞は上申書だったんずや。

1992年、大衆語部門、金賞は宇宙授業、銀賞は歌手の小金沢クン、銅賞はツインピークスだったんずや。

この年によく使われた言葉は他にもがっぱどあるんずや。
UFOキャッチャー、パノラマカメラ、アウトレット、ＨＩＶ（エイズウイルス）エイズ、統一教会、合同結婚式、仮面夫婦、遠距離恋愛、バウバウなどが上げられんずや。パノラマカメラ、アウトレット、ＨＩＶ（エイズウイルス）エイズ、遠距離恋愛などは、自然にわたちが口にする言葉だばって、バウバウは現代では死語になってしたんずやね。

この年は、パラダイス・ギャルが流行し、コギャル現象が起こったんずや。
アニエスｂの大ブームや、 バスケット関連のシューズ、ウェアも流行したんずや。
だぼだぼルック、ブーツ、スニーカーのエアジョーダンVIIも大人気になったんずや。
 
1992年の社会や経済は、２番まなごの日本人宇宙飛行士、毛利さんが宇宙に行ったんずや。
冬夏五輪では日本勢が活躍し、女子200m平泳ぎで岩崎恭子選手が史上最年少の金を獲得したんずや。
都市型テーマパークは、ハウステンボス、ナムコ・ワンダーエッグ、ワイルドブルーヨコハマが誕生したんずや。

他に東海道新幹線、のぞみの開通や、２年連続の１万件を超す企業倒産、全国の国公立学校では、週休２日制がスタートしたんずや。
 
映画では、エイリアン３、氷の微笑、美女と野獣、息子、紅の豚などが話題になったんずや。
音楽界では、おめがいるだけで、You&apos;re the Only…（小野正利）悲しみは雪のように、それが大事、涙のキッス、ガラガラヘビがやってくる 、もう恋なんてしね、Choo Choo TRAINなどが大ヒットとなったんずや。</description>
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         <pubDate>Sun, 25 Nov 2007 13:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1993年の流行と流行語</title>
         <description>1993年の流行と流行語について。

1993年の年間大賞はＪリーグだったんずや。
新語部門、金賞はサポーター、銀賞は新・○○、銅賞はＦＡだったんずや。

流行語部門の金賞は、規制緩和、銀賞は清貧、銅賞は天の声だったんずや。
大衆語部門の金賞は親分、銀賞は「聞いてねよォ」銅賞はお立ち台だったんずや。
「聞いてねよォ」はテレビ番組でのダチョウ倶楽部の悲鳴の言葉だ。ダチョウ倶楽部はこのギャグが売れっ子のきっかけば作ったんずや。お立ち台とは、ダンスに自信のあるギャルが、わばアピールする為に、フロアの一段と高くなったお立ち台に上がり、踊るステージのことを言いだよ。

表現部門の金賞は、２５００円スーツ、銀賞はウゴウゴ・ルーガ、銅賞はたま・ひよ（族）だったんずや。
たま・ひよ（族）とは、育児誌のたまごクラブと、ひよこクラブに関連していだよは、若いママさん達の間で、この雑誌が流行したんずや。

他にも1993年に流行語になった言葉ががっぱどあるんずや。
リストラ、ゼネコン、激安、オラ、聞いてねよ〜、ブルセラなどが話題になった言葉として上げられんずや。

ファッション界ではフレンチ・カジュアルが定着し、ＤＪスタイルが流行するはんで。スケーターやボーダーファッションも流行の一つになったんずや。またソフトスーツにかわり三つボタンスーツが話題になり、サッカー人気の高まりもあって、スポーツ観戦のファッションスタイルも流行したんずや。

この年はディスコからクラブへと流行が変化し、雅子さまブームが世間に広まったんずや。

■1993年に起こった出来事
北海道南西沖地震で、大津波が奥尻島などを直撃。
わらしの間でしんちゃん言葉が流行。 
矢ガモ騒動。 
ナタデココブーム。

わはこの年、受験の面接で、今気になるニュースは何だんずな？と聞かれたことに対して、矢ガモだ。と答えたんずや。
1993年はわにとっても忘れられね年だ。

レジャー施設は福岡ドーム、シーパラダイス、ランドマークタワー、レインボーブリッジが完成したんずや。

映画界では、 ボディガード、アラジン、ホーム・アローン２、ゴジラＶＳモスラ、ＲＥＸ・恐竜物語などが話題になったんずや。
音楽界では、Get Along Together（山根康広 ）ＹＡＨ ＹＡＨ ＹＡＨ、ロード、エロティカ・セブン、負けないで、世界中の誰よりきっとなどが流行となったんずや。</description>
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         <pubDate>Sat, 24 Nov 2007 12:44:44 +0900</pubDate>
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         <title>1994年の流行と流行語</title>
         <description>1994年とは、どんだ時代だんずやのだべか。
この年は、ストリートファッションが流行したんずや。他にスノーボードスタイルが大流行し、70&apos;sＵＫカジュアルスタイルも話題になったんずや。女性の間では、透けない白い水着がヒットしたんずや。

平成6年は、全国各地で記録的な猛暑の日が続き、水不足が深刻化した年でもあるんずや。
女性宇宙飛行士、向井千秋さんが宇宙へ行ったのもこの年で、日本人で初めてのことだったんずや。
松本市で有毒ガス「サリン」の事件が発生し７人の方が死亡したんずや。このニュースはまだ記憶に新しい事件だべ。

映画界では、フォレスト・ガンプ、ライオン・キング、学校、平成狸合戦ぽんぽこなどが話題になったんずや。 
音楽界では、ロマンスの神様、恋しさと せつなさと 心強さと、空とおめのあいだに、おめだけ見つめてる、ＴＲＵＥ ＬＯＶＥ、愛が生まれた日などが流行ったんずや。 
 

1994年の流行語大賞は。すったもんだばってねじゃ。受賞者は宮沢りえさんに送られたんずや。
そんでイチロー、同情するならカネばくれ、も大賞に選ばれたんずや。
同情するならカネばくれ、の言葉は、ドラマ家なき子の主役が言うセリフだ。

トップテン入賞は、価格破壊、ヤンママ、新・新党、大往生、人にやさしい政治、契約スチュワーデス、関空が受賞したんずや。

他に、携帯電話、ＣＤ−ＲＯＭソフト、テレビパソコン、カーナビゲーション、マルチメディア、インターネット、サリン、コギャル、いじめ、就職氷河期などの言葉も流行になったんずや。

携帯電話は、今必需品になってらばって、この時代はまだまなご新しかったんだべ。時代は進化していてもいじめの問題は、この頃から問題になっていたことに心が痛みんずや。</description>
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         <pubDate>Fri, 23 Nov 2007 11:44:44 +0900</pubDate>
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